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買い物難民問題の現状
現代日本社会において「買い物難民」という言葉をよく耳にするようになりました。買い物難民とは、さまざまな理由によって食料や生活に必要なものを買えなくなる人のことです。ものだけではなく郵便局や病院、役所などでの手続きなど料金を支払って受けられるサービスを受けられなくなることも含まれ、社会問題になっています。
最新の調査によると、65歳以上の高齢者のうち、約4人に1人が、住居の近くに商店がなく、食料確保に苦労していることが農林水産省の研究機関の推計でわかりました。つまり、日本全国で約825万人もの高齢者が買い物に困難を抱えている状況です。
この問題は農村部だけでなく都市部にも広がっており、買い物難民は農村や山間部にある小さな集落だけに限らず、地方の都市をはじめ団地などが多いベッドタウン、大都市にも存在します。
【解説】買い物難民とは?
買い物難民とは、近くにスーパーなどの店舗がない、車の運転ができない、公共交通機関が不足しているなどの理由で、日常の買い物に困難を抱える人々のことです。特に高齢者が多く、食料品や日用品などの生活必需品を入手するのに苦労しています。経済産業省の調査では、全国に約700万人の買い物難民がいると推計されています。
深刻化する背景と2025年問題
買い物難民問題が深刻化する背景には、いくつかの社会的変化があります。買い物難民が生まれてしまう原因としては「スーパーの廃業や各商店・商店街の衰退」「山間部での公共交通機関の衰退やガソリンスタンドの減少」「住民の高齢化」といったものが挙げられます。
特に2025年問題として知られる社会現象が、この状況をさらに悪化させる恐れがあります。2025年には、すべての団塊世代が75歳以上の後期高齢者になります。厚生労働省の見通しでは、2025年の高齢者人口の割合は、65歳以上が30.3%(3657万人)、75歳以上が18.1%(2179万人)となっています。
つまり、2025年には高齢者人口が約3,500万人に達し、さらに75歳以上の後期高齢者は約800万人になることが推計されています。この急激な高齢化により、買い物難民はさらに増加すると予想されています。
さらに、平均寿命が延びたことで認知症にかかる人も年々増えており、2025年には約700万人、高齢者の5人に1人、全人口の16人に1人が認知症になると予測されています。認知症は買い物行動にも影響を与えるため、支援の必要性はますます高まっています。
【解説】2025年問題とは?
2025年問題とは、2025年に「団塊の世代」(1947年~1949年生まれ)が全て75歳以上の後期高齢者となり、国民の5人に1人が後期高齢者という超高齢社会を迎えることで発生する社会的課題を指します。医療・介護サービスの需要増加、社会保障費の増大、労働力不足など、様々な問題が予測されています。買い物難民問題もこの2025年問題の一部と言えます。
デジタルデバイドという新たな壁
現代社会ではインターネットを活用したサービスが普及し、オンラインショッピングや宅配サービスが発達しています。しかし、2020年度に内閣府が実施した「情報通信機器の利活用に関する世論調査」の年齢別のスマートフォン・タブレットの利用状況調査によると、スマートフォン・タブレットを利用していないと回答した人の割合(「ほとんど利用していない」、「利用していない」と回答した人の割合の合計)は、60~69歳で25.7%、70歳以上で57.8%となっており、他年代と比較して高くなっています。
このように、年齢による情報格差(デジタルデバイド)が存在するため、高齢者にとってタブレットなどで「ネットスーパー」を使いこなすのは難しい状況にあります。すなわち、デジタル技術は便利である一方で、それを使いこなせない高齢者は二重の困難に直面しているのです。
さらに、デジタルデバイドによる高齢者の問題として、「災害時の情報格差」があります。災害や非常事態が発生した時は、リアルタイムでの情報共有が生存率を高めるため、高齢者のデジタルデバイド対策は重要です。
【解説】デジタルデバイドとは?
デジタルデバイドとは、情報通信技術(特にインターネット)の恩恵を受けることのできる人とできない人の間に生じる格差のことです。高齢者は特にデジタル機器の操作に不慣れなことが多く、オンラインショッピングやスマートフォンアプリなどのデジタルサービスを利用できないケースが多くなっています。このため、社会のデジタル化が進む中で、情報やサービスへのアクセスが制限され、社会的孤立や不便さが増す恐れがあります。
解決に向けた取り組み
移動販売サービス
買い物難民問題の解決策として注目されているのが移動販売サービスです。農林水産省の調査によると、民間事業者による買い物支援対策として「移動販売車の導入・運営」が増加傾向にあり、「宅配、御用聞き・買物代行サービス」が減少傾向にあります。
移動販売車のメリットは、消費者の玄関先まで直接訪ねて行って食品を売るという点にあります。これは、ネットスーパーなどのデジタルサービスを使いこなせない高齢者にとって大きな助けとなっています。
例えば、全国的に展開されている「とくし丸」というサービスは、徳島県の田舎道を行く軽トラックの荷台に、所狭しと食料品や生活雑貨が積まれ、行く先々の民家では、それを待ちかねたように出てきた高齢者が笑顔で買い物を楽しむという光景を生み出しています。
また、移動販売には、地産地消をテーマにした取り組みもあり、地元農家から採れた野菜を直接仕入れているほか、地元名産のコシカリを、玄米からその場で精米して1合から提供している事例もあります。
さらに、衣料品などの生活必需品以外を扱う業者も増えており、高齢者向け衣料品の移動販売では「買い物の楽しみ復活」という効果も生まれています。
大手企業も参入を進めており、セブン―イレブン・ジャパンは移動販売車を増やす計画を進めています。
【解説】移動販売の効果
移動販売は単なる商品提供だけでなく、高齢者の社会的交流の機会も提供しています。定期的に同じ場所に移動販売車が来ることで、高齢者の外出機会が生まれ、また販売員との会話も楽しみの一つとなっています。さらに、一部の移動販売サービスでは見守り機能も付加され、高齢者の安否確認にも役立っています。
デジタルサポート体制
デジタルデバイドの解消に向けた取り組みも広がっています。高齢者のデジタルデバイド解消のためには、まずはデジタル機器の使い方を覚えてもらい、難しいものではないということを体感してもらう必要があります。
そのため、各自治体ではさまざまな取り組みが行われています。例えば、東京都渋谷区では、高齢者のデジタル機器の利用を促進し支援することによりデジタルデバイド(インターネットやパソコンなどの情報通信技術を利用できる者と、利用できない者との間に生じる格差)を解消し、高齢者の健康増進および全安心の確保につなげ、生活の質(QOL)の向上を目指すことを目的とした「高齢者デジタルデバイド解消事業」を実施しています。
また、渋谷区では、高齢者のデジタル・ディバイド解消による生活の質の向上を目的として、区が募集した65歳以上でスマートフォンを保有していない約1,700名の区民を対象に、スマートフォンを無料で貸し出す実証事業を実施しました。スマートフォンの貸し出しだけでなく、スマートフォンの利用促進に向けた勉強会やサポートも併せて実施しています。
さらに、群馬県長野原町とNTTドコモは、スマートフォンを持っていない世帯に対してスマホを貸与し、操作に不安を抱える住民向けに「ドコモスマホ教室」を開催するなど、地域全体のデジタルデバイド解消に取り組んでいます。
【解説】デジタルサポートの重要性
高齢者へのデジタルサポートは、単にスマートフォンやパソコンの使い方を教えるだけではなく、デジタル技術に対する不安や抵抗感を取り除くことも重要です。丁寧な説明や継続的なサポート体制を整えることで、高齢者も少しずつデジタル技術を受け入れ、活用できるようになります。オンラインショッピングやビデオ通話などを習得することで、買い物難民問題の解決だけでなく、社会とのつながりも維持できるメリットがあります。
地域コミュニティの再構築
買い物難民問題は単なる商品アクセスの問題だけでなく、社会的孤立の問題でもあります。高齢者がオンラインのビデオ通話やソーシャルメディアなどを使って友人や家族とつながることで、社会関係が補完され、孤独化を防ぐことができます。
また、カメラのキタムラとクラブツーリズムが連携して、旅を楽しみながらスマートフォンの操作を学べる「スマホ体験ツアー」を実施するなど、楽しみながらデジタルスキルを身につける取り組みも行われています。
さらに、移動販売に合わせて、ワンコインでゴミ出しや重い物の移動などを依頼できるサービスを用意している事例もあり、買い物支援と生活支援を組み合わせたアプローチも広がっています。
【解説】コミュニティの力
地域コミュニティの力を活かした買い物支援は、持続可能性が高いことが特徴です。例えば、住民同士の助け合いによる買い物代行や、地域の拠点(公民館など)での共同購入、地元商店と連携した宅配サービスなど、地域の実情に合わせた取り組みが各地で生まれています。こうした取り組みは、買い物支援という機能だけでなく、人と人とのつながりを生み出し、地域全体の活性化にもつながっています。
未来への展望
買い物難民問題とデジタルデバイドの解決には、技術革新だけでなく人に寄り添ったアプローチが必要です。高齢者がどんな行動特性を持ち、どのような機器やサービスを必要としているのかを見極めなければなりません。
そして、いずれはデバイスがAIによる機械学習でユーザーの特性を分析し、最適な機能を提供できるようになっていくでしょう。高齢者がテクノロジーについていくのではなく、テクノロジーが高齢者に寄り添っていくことで、デジタルデバイドの縮小が可能になるのです。
経済産業省では、買物困難者という課題に対し、流通業の多様化を通じた取組に焦点を当て、地方公共団体での取組やIoT技術やデジタル技術の活用といった民間事業者等の取組を募集し、審査・表彰を行うコンテストを実施しています。このように官民が協力して解決策を模索する動きが広がっています。
今後、官民が連携して、高齢者のデジタルデバイド解消をめざす取り組みの実施が期待されます。これらの総合的な取り組みを通じて、誰もが安心して暮らせる社会の実現を目指していくことが重要です。
【解説】未来のテクノロジーと高齢者
将来的には、音声認識技術やAIアシスタントの発展により、キーボードやタッチスクリーンといった操作が苦手な高齢者でも、簡単に情報やサービスにアクセスできるようになると期待されています。また、バーチャルリアリティ(VR)技術を活用した「バーチャル買い物体験」や、ロボット技術を活用した自動配送システムなど、新たな技術による買い物支援も研究されています。こうした技術の発展と共に、人による温かいサポートを組み合わせることで、より多くの高齢者が快適に買い物できる環境が整うでしょう。